東京高等裁判所 昭和25年(ネ)804号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事實〕
被控訴人は、本件係争家屋に対する所有権者なるところ、控訴人らに対し右家屋の管理を依賴し、無償で同人らがこれに居住することを承認した。然るにその後、控訴人らは右委託の趣旨に反し家屋を無断で改造し、喫茶店を営業するに至つたので、被控訴人は右家屋管理に関する契約を解除した。よつて控訴人らの家屋使用の権利は消滅したから明渡を求めると主張した。
右に対し、控訴人らは被控訴人の家屋所有権、並に被控訴人主張の管理に関する契約の成立を否認し、且つ仮に右の契約があつたとしても、控訴人ふくが右家屋を改造し喫茶店を開業するに至つたのは被控訴人の諒解の下になされたのであり、なお被控訴人は相当の資産を有するに反し、控訴人は何らの資産をも持たないものであるから、被控訴人の契約解除の意思表示は権利の濫用で、信義則に反し無効である、と主張した。
〔判斷〕
控訴審は、証拠により先づ本件家屋の所有権が被控訴人に存することを認定し、次に被控訴人主張の家屋管理に関する契約の成立及び被控訴人の解除の意思表示の有効なることを認め、被控訴人勝訴の原判決を正当と判断した。後の点につき、判決は左の通り説明する。
「進んで占有の点について判断するに、控訴人らが本件建物のうち、被控訴人主張の部分を占有することは当事者間に争のないところである。そして証人某並に本人訊問(氏名省略)の結果を綜合すると、これより先、被控訴人は長年俸給生活者として各地に転勤し、郷里である小千谷町の本件建物には、、控訴人ふくが同人及び被控訴人らの父野沢市太郞及び控訴人ふくの母ミテと共に居住して来たが、野沢市太郞は昭和二十二年八月十二日、ミテは同月二十日相次いで死亡し、その葬送後間もなく同年八月中、親族相寄り協議の結果(イ)本件建物は、昭和二十三年八月末日まで控訴人ふくにおいてこれに居住して管理すること、(ロ)控訴人ふくが独身である間は、被控訴人が同人の生活を保証すること、(ハ)その間本件建物から上る家賃は、ふくの取得とする、という合意が成立し、控訴人ふくは右合意に従い、本件建物に居住しこれを管理して来が、その後幾ばくもなく、同控訴人は控訴人照と婚姻し、爾後は両者でこの建物を管理して来たところ、昭和二十三年二、三月頃に至り、被控訴人の承諾を得ることなく、本件建物を無断改造して喫茶店営業を開業することとなつたことを認め得べく、被控訴人は、昭和二十三年七月四日右事実を理由として、控訴人に対し右契約解除の意思表示をなしたことは当事者間に争のないところである。控訴人は、右改造については、親族である長谷川長松夫妻及び荻野保吉の承諾、同意を得ているし、且つ無資産の控訴人らに対しかかる改造を理由として契約を解除するのは解除権の濫用であると主張するが、右長谷川長松、ツル夫妻及び荻野保吉が右改造について承諾を与える権限を持つていた事実はこれを認める証拠はない。してみれば右無断改造の事実と、その成立に争のない甲第五号証、証人某並に本人(氏名省略)の供述を綜合して認め得られるように、被控訴人は、従来よりの病が悪化し、山口県庁の勤務先を辞し妻の外二男一女を擁し、今や郷里である小千谷町の本件建物に帰えり、これによつて生計を立てるより外ない状態に陷り、昭和二十三年五月以来は本件建物に控訴人らと共に居住しつつある事実、並びに控訴人らはいずれも壯年健康で、扶養すべき子供をもたない事実などを考え併すれば、被控訴人の右契約解除の意思表示は、止むを得ない行為で、控訴人らの主張するように権利の濫用であるとは解し難い。そして右の契約は委任、使用、貸借に準じた一種の無名契約と解されるから、前記解除の意思表示によつて消滅したものといわねばならない。」